甲高い鳴き声を上げて、敵が向かってくる。
「おっと……」
真っ向から飛びかかってくる敵を避けて、ユーリは剣を振った。一撃で切り伏せて残った敵に視線をやると、本能的にユーリの強さを感じ取ったのか、くるりと方向転換して飛び去っていく。
「ジュディ!」
ユーリが叫ぶと同時に、空を覆うように茂った木々の中からジュディスが飛び出した。彼女は空中である事を感じさせないような軽い動きで敵を薙ぎ払い落としていく。
「こんなものかしら?」
地上へ降りた彼女は事もなげに言った。
今回の依頼は、ケーブ・モック大森林に生息する魔物の退治だった。最近性質の悪いものが増えてきたらしく、ダングレストの方にも被害が出てきたという事もあって、ユニオンが動いた。
「カロル、どうだ?」
「あ、うん。依頼にある魔物は、これで全部だと思う……」
少し歯切れの悪い口調でカロルが依頼書と魔物を照らし合わせていく。虫嫌いの彼にとって、この場所はあまり好ましいところではない。早く街へ戻りたいのだろう。
ユーリはふっと笑って、カロルの背中を叩いた。
「んじゃ、ダングレストに戻るか」
ダングレストに戻ったユーリ達は、ユニオンに報告を済ませ、依頼完了の打ち上げにと酒場に向かった。
店内は夕食時で賑わっていたが、満席というわけではなかった。空いていたテーブル席に着き、適当に注文をかけると、すぐに給仕の女性が飲みものを運んできた。
三人各々のグラスを手に取る。が、ピタリと止まってしまった。
「カーロルせんせー、いつもの挨拶はしないのか」
ユーリは軽い調子でカロルに乾杯を促した。だが、それでもカロルはグラスを握り締めたままじっとテーブルを見つめている。,br>
ユーリは隣に座ったジュディスと視線を交わす。カロルの様子がおかしい事には気づいていたが、本人が平静を装っているのを見て、二人は気づいていない振りをしていた。だが、さすがにこうもあからさまに沈まれると、放っておいたのはまずかっただろうか。
「カロル、何か気になっている事があるの?」
私たちでよければ話してみない、とジュディスが声をかける。
数拍の間の沈黙、そして小さな溜息とともにカロルが悩みを吐き出した。
「僕、このままでいいのかな……」
「どういう意味だ?」
「だって、僕がしっかりしてないから、凛々の明星に入ってくる人、全然いないし――」
話しながら、カロルの頭がどんどん下がっていく。
確かに、カロルの言うとおり、凛々の明星は未だカロル、ユーリ、ジュディスの三人しかいない。ラピードとバウルを合わせても少人数という事に変わりはない。
だが、それがいけないということではないだろう。
ユーリは沈んでいくカロルの頭をくしゃりと撫でた。
「そんなの気にすることじゃないだろ」
「そうよ。少人数なのは悪い事じゃないわ」
ユーリに続き、ジュディスも優しく声をかける。少人数のせいで、特に問題があったわけでもない。仕事に支障が出ているわけではないのだから、二人とも本心からそう思っている。
だが、カロルはそうではないようだった。
「……そんな簡単に割り切れないよ」
ぽつりと呟いてテーブルの上にあったグラスを掴むと、それを一気に飲み干した。
「カロル、それ――」
「ユーリー!」
高い声と同時に、背中にドンッと何かが飛びついてくる。姿を見なくとも、それが誰なのかここに居る全員はすぐにわかった。
「ったく、急に飛びついたら危ねーぞ」
ユーリは片腕を回して、くっついてきた者を引き剥がす。
「すまん。ユーリを見つけたら嬉しくなって、体が勝手に動いたのじゃ」
ふふふ、とユーリの腕にぶら下がったまま少女が笑う。
「久しぶりね、パティ」
「うむ、ジュディ姐もな」
ユーリが手を放すと、パティは空いている席に腰かけた。ちょうどいいタイミングで料理が運ばれてくる。
「ギルドの調子はどうだ?」
「ぼちぼち、じゃな」
答えながら、パティはテーブルの上の料理に手を伸ばす。
「まだまだ悪名高いギルドじゃからのー、煙たがられる事の方が多い。でも、時間はたっぷりある。ゆっくりやっていくのじゃ」
「そうか」
星喰みとの戦いの後、パティは海精の牙を復活させようと動き始めていた。ブラックホープ号事件を覚えている者はまだ多く、その道のりは険しい。それでもパティは何てことないように笑っている。ゆっくりでいいと言った、それは随分前向きな考え方だ。
パティの元に飲み物が運ばれてくる。それを受け取ってパティは口をつけた。
「ねえ、パティ……」
「なんじゃ、カロル」
テーブルと睨みあっていたカロルが顔を上げる。真剣な表情でパティを見据えると、続きを口にした。
「どうやったら大きなギルドになるのかな? どうやってまとめていったらいいの?」
「……急にどうしたのじゃ」
唐突な質問に、パティが怪訝そうにする。だが、カロルの真剣な表情に気づいたのか、それ以上は聞き返さなかった。代わりに、腕を組んで眉間に皺を寄せ、考え始める。
「うーむ……どうやってと言われても……どうじゃったかのう」
唸りながら考え続けるパティだが、中々答えは出てこない。
「ギルドの運営に関しては、サイファーがほとんど取り仕切ってくれてたからの。うちも号令や戦闘指示は出すこともあったが、交渉のような細かいところまでは知らんのじゃ」
だから、世間一般ではサイファーの事をアイフリードだと勘違いしている者もおるじゃろう、とパティは続ける。
「それでもボスはパティだったんでしょ。なら、ついていきたくなるボスだったってことだよね」
ぐい、とカロルが身を乗り出した。
「どうやったらそんな大勢を束ねる事が出来るボスになれるの? 僕、なりたいんだ……!」
教えて、とカロルが懇願する。
「ふむ……」
パティは大きく頷くと、にやりと笑って右手の人差し指を立てた。
「修行、じゃな」
「修行……」
「どうじゃ、カロル。うちについてくる気はあるか?」
「うん!」
「よし、ならば今すぐ出発するのじゃー!」
威勢のいい声を上げて、二人は酒場を飛び出していった。
子ども二人が店外へ飛び出して行ったのを見て、ユーリはカロルの飲んだグラスを手に取った。もう中身はないが、試しに嗅いでみると、酒の臭いがした。やはり、ユーリのグラスと間違えて飲んでしまったようだ。
「やっぱりな……」
迂闊なギルドのボスに、ユーリはふっと嘆息する。
「あのテンションは酒のせいか」
「でしょうね。パティもそうみたいよ」
パティのグラスをジュディスが確かめる。
双方酔いつぶれるほどの量を呑んでいるわけではないのだが、それが逆に暴走を引き起こしてやっかいな状況を生み出している。
今はいいとしても酔いが回れば直に潰れてしまう。街の中ならまだしも、街の外で眠られると危険だ。
(回収しに行くか……)
「ユーリ」
ジュディスが笑って席を立つ。どうやら同じ考えのようだ。ユーリもふっと笑って彼女に続き、立ち上がる。
「まったく、うちのボスは世話が焼けるな」
「ええ。でも、一番のしっかり者だわ」
「違いない」
あれだけギルドの事を真剣に考える者はそうはいない。それだけで、もう十分にいいボスだと言える。たとえ本人はそう思ってなくとも。
クスクスと笑いながら、ユーリ達は酒場を後にした。外に出ると、既に日は沈み辺りは闇に染まっている。微かにだが、街の入り口の方から聞き覚えのある子どもの声が聞こえてきた。
「さて、何をやってんのか……」
ユーリはゆっくりとそちらに足を向けた。
その後、こっそりとカロルたちの様子を見ていたユーリとジュディスだったが、案の定二人とも酔いつぶれてしまい、宿に運ぶことになったのは言うまでもない。
みらさんから頂きました!いつもありがとう!
カロル先生とパティちゃんが可愛いですv